お釈迦様の教え

自灯明・法灯明

 お釈迦様は、35歳のときガンジス川中流のブッダガヤーの菩提樹の木の下で瞑想の末、ついに悟りを開かれ、その後45年間説法の旅を続けました。そして80歳のとき、クシナガラというところの沙羅双樹の下で静かに80歳の生涯を終えました。死の直前に修行僧に有名な自灯明・法灯明などの教えを説きました。これらの教えは南方仏教典によく残されています。ここではその中の大パリニバーナ経から学んでいきます。

⇒展開:南方仏教

⇒展開:大パリニバーナ経

―教師の握拳(にぎりこぶし)―

 お釈迦様はアーナンダ他の多くの修行僧たちとベールヴァ村にやってきました。ここでお釈迦様は恐ろしい病に罹って死ぬほどの激痛に見舞われました。しかし、お釈迦様は禅定に入ってその苦痛を耐え忍び、やがて病は静まりました。するとアーナンダはお釈迦様に近づき、「『尊師が修行僧たちについて何事か教えを述べられないあいだは、ニルヴァーナに入られることはないであろう』、という安心感がわたしには起こりました」と申しました(二十四)この言葉を聴いたお釈迦様は、つぎのような話を始めました。


⇒展開:アーナンダ:漢訳では阿難。お釈迦様の十大弟子の一人。(もっともお釈迦様は教団の指導者ではないといっている))

⇒展開:ニルヴァーナ:火を吹き消した状態という意味から、煩悩の火を吹き消した状態とか人間の本能から起こる精神の迷いがなくなり、心の安らぎや、心の平和によって得られる楽しい境地をいう。漢訳では涅槃。


 「アーナンダよ。修行僧たちはわたしに何を期待するのか? わたしは内外の隔てなしに(ことごとく)理法を説いた。まったき人の教えには、何ものかを弟子に隠すような教師の握拳(にぎりこぶし)は存在しない。『わたしは修行僧の仲間を導くであろう』とか、あるいは、『修行僧のなかまはわたしに頼っている』、とか思うことがない。向上に努めた人は修行僧のつどいに関して何を語るであろうか。(二十五)(『大パリニバーナ経』二)



 大意は、「アーナンダよ、修行僧たちは私に何を期待するのですか。わたしはすでに分け隔てなく教えを説いており、何かを弟子に出し惜しみするなどしていない。悟った人は、『私は仲間を導く、仲間は私に頼っている』などとは思わないのだ。だから修行僧の仲間に何を語ることもない。私は老いて、ようやく命を保っているに過ぎないのだ」と。お釈迦様はアーナンダを諭します。


⇒展開:教師の握拳(にぎりこぶし)とは:それまでのバラモン教の僧侶たちは、教えを独り占めすることによりその地位の保全を図っていたことを指しています。


⇒展開:お釈迦様は教団の指導者ではない:
お釈迦様の教えは「各自が頼るべきは私(お釈迦様)ではなく、各自の自己であり、普遍的な理法である法(自灯明・法灯明)である。このことは今までに全て説いている。わたしが死んでも法は永遠であり、万人のものである」ということです。


⇒展開:親鸞も教団の指導者ではないといっています
「親鸞は弟子一人ももたずそうろう」と歎異抄で述べているように、親鸞は、「自分の力で人々に念仏を称えさせたのならば、その人は自分の弟子と呼んでも良いが、人々が念仏を称えているのは阿弥陀様のお力である。そうして念仏を唱えている人々を自分の弟子とは呼べない」といっています。

さらにお釈迦様は、次のように話を続けるのでした。

アーナンダよ、私はもう老い朽ち、齢をかさね老衰し、人生の旅路を通り過ぎ、老齢に達した。私の齢は、八十となった。例えば古ぼけた車が革紐の助けによってやっと動いて行くように、おそらく私の身体も革紐の助けによってもっているのだ。しかし、向上に努めた人が一切の相を心にとどめることなく一部の感受を滅ぼしたことによって、相のない心の統一に入ってとどまるとき、そのとき、彼の身体は健全なのである。(二十五)(『大パリニバーナ経』二)

 大意は、「アーナンダよ、私(お釈迦様)は、年齢は80歳になり、身体は革紐の助けを借りないと動かないような古ぼけた車のように衰えてしまった。しかし、禅定によって精神統一された心が支配しているその肉体は健全なのです」、と。


―自灯明・法灯明―

それでは、いかにすればこのような境地に達することが出来るのかについて説いたのが次のような自灯明・法灯明の教えです。

アーナンダよ。このようにして、修行僧は自己を灯明とし、自己をたよりとして、他人をたよりとせず、法を灯明とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしないでいるのである。
アーナンダよ。今でも、また私の死後にでも、誰でも自己を灯明とし。自己をたよりとして、他人をたよりとせず、法を灯明とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしないでいる人々がいるならば、彼らは私の修行僧として最高の境地にあるであろう、−誰でも学ぼうと望む人々はー。」(二十六)(大パリニッバーナ経』二)

大意は、自己を灯明とし、自己をたよりとして、他人をたよりとせず、法を灯明とし、法を拠り所として、他のものを拠り所としない

 ⇒展開:何事をするにも自分で判断できないという優柔不断な人というのがいます。あるいは子供のように智慧が発達していないので、どうしてよいか解らないということもあります。一般の大人でも進学、結婚、就職、リストラ、マイホームの建築など人生の節目では、自分ひとりではなかなか判断できないこともあります。このような場合、普通は周囲にいる信頼できそうな人に相談することになります。おそらく、自分だけで判断した場合よりはうまくいく確率は上がるでしょう。しかし、そんな場合でも結果がうまくいかないということはあります。そのとき、「あなたの話した通りにやったらこんなことになってしまった。どうしてくれるのか」という人がいます。これはとんだお門違いの話です。相談相手の話はアドバイスであり参考意見として受け止め、結論はあくまでも自分で出さなければいけません。そして、その結果は全て自分で責任を負わなければなりません。さて、自分で結論を出すといっても難しい問題の場合は困ってしまいます。そのときの判断の拠り所になるのが法です。法とは本当のこと、すなわち真理です。真理とは三法印や中道などのお釈迦様の教えということになります。
どうしたらよいか迷ったら法を拠り所として、自分で判断しなさい、そしてその責任は全部自分で受け止めなさいということですし、他の者の意見や原理、原則、主義、主張に惑わされてはいけません、ということです。

⇒展開:灯明:原語では島と訳すのが正しいようですが、ここでは一般的な訳である灯明を用いています。島は大会を漂流している人が頼りにするし、灯明は暗闇にいる人が頼りにするように、どちらも
意味は拠り所です。


⇒展開:法:真理の意(真理、本当のこと)


⇒展開:


―死の予告―

お釈迦様は、いよいよ最後がせまってくると修行僧を講堂に集め最後の説法をしました。


 「さあ、修行僧たちよ。私はお前たちに告げよう、−もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠けることなく修行を完成しなさい。ほどなく修行完成者はなくなるだろう」と。世尊、幸いな人、師はこのように説かれた。このように説いた後で、さらに次のように言われた。
 「わたしの齢は熟した。わたしの余命はいくばくもない。そなたらを捨てて、私は行くであろう。わたしは自己に帰依することをなしとげた。そなたら修行僧たちは、怠ることなく、よく気をつけて、よく戒めをたもて。その思いをよく定め統一して、自分の心をしっかりと護りなさい。この教説と戒律とにつとめてはげむ人は、生まれをくりかえす輪廻を捨てて、苦しみも終滅するであろう」と。(五十一)(大パリニバーナ経』三)

 大意は、「わたしは間もなく逝くであろう。わたしは自分の目指した『自己に帰依すること』(「解脱した」の意)をなしとげた。あなたたち修行僧も、多くの人々の幸福のために、法を良くたもち、実践し、盛んにしなさい。このことに精進するものは、解脱し、輪廻を離れ、苦しみも消滅するでしょう」、と。
そして、3ヶ月過ぎた後自分は入滅するであろうと予告しました。これがお釈迦様の遺言でした。3ヵ月後いよいよ臨終を迎えます。そのとき次のような最後の言葉を残して安らかに息を引きとったのです。


「さあ、修行僧たちよ。お前たちに告げよう『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠けることなく修行を完成しなさい。』 と。」(大パリニバーナ経』三)

このお釈迦様の最後の言葉は、残された修行僧たちに対する訓戒であると同時に、自分の生き様を述べているものといわれたいます。


⇒展開:四大聖人の最後が意味するもの