弘法大師の人間観

 はじめに

 日本人なら弘法大師の名前を知らない人はいないほど有名ですが、その教えや著書について接する機会は以外に多くありません。そんなおり、現在護国寺で開かれている公開講座「仏教の諸相」の今回(平成22年12月2日)のテーマが表記の「弘法大師の人間観」でしたので早速聴講してきました。1時間30分という限られた時間内で、しかも広範な内容を網羅していますので多少総花的かとは思いますが、それだけに初めて弘法大師を学ばれる方には、少なからず示唆に富む事柄もありますので、ご参考にまでに講座で使用したレジメを原文のまま掲載します。
 なお、講師は榊義孝大正大学教授です。


弘法大師の生涯

宝亀5年(774年)讃岐国多度郡で佐伯田公の子として生まれる。【6月15日に護岐国多度郡、現在の善通寺市に誕生。幼名は真魚(まお)。同じ日に 中国密教の不空三蔵が入滅したので、「不空三蔵の生まれ変わり」といわれています】。(以下薄墨表記はは補足説明を表します)
延暦10年(791年)大学明経科に入学。
大学を中退し、山野を跋渉する。四国の山々。

虚空蔵求聞持法を修する。
奈良、和歌山などの山岳跋渉。 高野山 八葉の峰、広い山上の盆地 東西5.5km、南北2.2km。
18歳のとき大学入学。しかし、貴族出身の学生達の校風に失望し、20歳のころ大学を中退して山林に入り虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)の修行する。このころ空海を名乗る】
延暦16(797)24歳で『三教指帰』を著す。 「三教指帰(さんごうしいき)」は、儒教、道教、仏教を比較し仏教の優位性を説いた著書】。
出家宣言の書。
儒教・道教・仏教の比較。
南都の寺々で勉強していたであろう。
久米寺の東塔で『大日経』を感得。
請来した経典類は、その殆どが日本に未だ請来されていなかったもの。
延歴23年(804)最澄とともに遣唐使の一員として入唐する。
 【31才のとき、】
  
遣隋使   小野射妹子
  遣唐使   
  白村江の戦い(663)
8月10日赤岸鎮の南の港に着く、その後、福州へ移動する。
  空海が代筆。役人が長安に取り次いでくれる。
長安で恵果から胎蔵界・金剛界の灌頂を受ける。
般若三蔵、牟尼室利三蔵から梵語などを学ぶ。

延暦25年(806)10月帰国
延暦25年10月となっていますが、同年6月に年号は大同と改元されていますので、正しくは大同1(806)年と思われます。このとき33歳。多数の経典や仏像など貴重品を持参して帰国する】
弘仁3年(812)高雄山寺で最澄らに灌頂を授ける。
【39才】
弘仁7(816)高野山の開創【弘仁7(816)、43才。嵯峨天皇から高野山に土地を賜り、高野山開創に着手する】
弘仁12(821)満濃池の修築【弘仁12(821)、48、命により讃岐国満濃池の修築をわずか3ヶ月ほどで終える。土木技師の才能を発揮する】
弘仁14(823)東寺の開創弘仁14(823)年、31才。嵯峨天皇から京都東寺を賜る】。
天長5(828)年綜芸種智院の開設
天長5(828)、55才。我が国最初の民間学校である綜藝種智院(しゅげいしゅちいん)を東寺に開く】
三筆(嵯峨天皇、橘逸勢、空海)
「弘法筆を選ばず」は大きな間違い。
筆の製法も学んでいる。
【天長7(830)、秘密曼荼羅十住心論(じゅうじゅうしんろん)十巻を著す】。
【承和2(835)、62才、高野山で入定】
【延喜21(921)年,醍醐天皇から弘法大師の号を賜る】


人間観

衆生の心をどのように捉えていたのか

 1.  哀れなるかな、哀れなるかな、長眠の子、苦しいかな、痛ましいかな、酔狂の人。痛狂は酔わざるを笑い、酷睡は覚者を嘲(あざわら)う。かって医王の薬を訪らわずんば、いずれのときにか大日の光を見ん。  『般若心経秘鍵』

[現代語訳]
 ずうっと寝ている人は、なんて哀れなんだろう、ひどく酔っている人は、苦しいだろう、かわいそうなことだ。
ひどく酔っている人は、素面の人を笑い、煩悩に纏われている人は覚った人を馬鹿にして笑う。
勝れた医者に診察してもらわなければ、決して病気が治らないように、そのままではいつになったら大日如来の教えに接することが出来るのだろうか。
[補足]弘法大師は、「われわれは悟り(自分の心の中の仏に気づくこと、これを如実智心という)を得ればわれわれ(衆生)と仏は同じである]と教えている。

  いかんが菩提とならば、いわく実の如く自身を知るなり。 秘蔵宝

 [現代語訳]
 覚り(菩提)とは何かといわれたら、それは取りもなおさず、私たちの本当の心を知ることである
本当の心とは、すなわち菩提心である。

3.  悟れるものは大覚と号し、迷えるものは衆生と名づく。  『声字実相義』

[現代語訳]
 仏と私たち凡夫とは本来違いはないが、覚った人を大覚と呼び、煩悩に纏われている人を衆生という。


   衆生は狂迷して本宅を知らず、三趣に沈論(論はごんべんではなくさんずい)し、四生に玲併(リョウビョウ:玲はたまへんではなくあしへん、併はにんべんではなくあしへん)す。  『秘密曼荼羅千住心論』

[現代語訳】
 衆生は煩悩に執着しているので、本当は仏になることが出来ることに気づいていない。そのため六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)の中で輪廻を繰り返しているのだが、一番下の地獄の苦しみを味わったり、餓鬼や畜生道に生まれ変わっている。また、六道の有情は四生(胎生・卵生・湿生・化生)といわれる生まれ方をするのだが、この四生にさまよって、なかなか仏になることが出来ない。
[補足】
三趣とは、三悪趣の略。衆生が自己の業により到る地獄道、餓鬼道、畜生道のこと。三悪道、三途と同じ意味。
沈輪とは、沈も輪も沈むの意。


  心病多しといえども、その本は唯一つ、いわゆる無明これなり。 『秘密曼荼羅千住心論』

[現代語訳]
 心の病気は沢山あるけれども、その原因はただ一つ、無明によって引き起こされている。


  身病を治すのには必ず三の法による、一には医人、二には方経、三には妙薬なり。
秘蔵宝

[現代語訳]
 身体の病気を治すのには、必ず三つの方法がある。一つ目は医者、二つ目は正しい処方、三つ目は優れた薬である。                  


 8.  それ禿かぶなる樹、定んで禿なるにあらず。春に遭うときは、すなわち栄え華さく。  秘蔵宝

[現代語訳]
冬に葉を落としている樹は、そのままずっと芽吹かないのではない。春になれば、一斉に芽吹いて華をさかせる。


 9.  それ仏法はるかにあらず、心中にしてすなわち近し、真如外にあらず、身を棄てていずくんかもとめん。  『般若心経秘鍵

[現代語訳]
仏の教えは、どこか遠いところにあるのではない。私たちの心の中にあって、本当に身近なものである。真理は私たちの外にあるのではないから、この身を捨ててどこに求めようというのか。


 10.

近うして見難きはわが心なり。細にして空に遍ずるはわが仏なり。

秘蔵宝

[現代語訳]
最も近くにあるのになかなか見られないのは、私の心である。細かくて虚空に遍満するのは私の仏である。

 11.  蓮を観じて自浄を知り、菓(このみ)を見て心徳を覚る。  『般若心経秘鍵』

[現代語訳]
泥の中から茎を伸ばし、その泥に汚されることなくきれいな花を咲かせる蓮を見て、私たちの心も本当は清浄であることを知り、蓮の実を見て心に仏の徳が具わっていることを覚る。


 12  もし自心を知るはすなわち仏心を知るなり。仏心を知るはすなわち衆生の心を知るなり。三心平等なりと知るはすなわち大覚と名ずく。 『続遍照発揮性霊集補闕抄』

[現代語訳]
もし本当の自分の心を知ることが出来れば、それはすなわち仏心を知ることである。仏心を知ることが出来れば、それは衆生の心をしることに他ならない。自心と仏心と衆生心が平等であることを解ることが覚りである。


どんなきっかけでかわるのだろうか


 13  万劫(ばんごう)の寂種、春雷に遭うて甲圻(こうさ)け、一念の善機,時雨(じう)に沐(もく)して牙を吐く。  『秘密曼荼羅十住心論』

[現代語訳]
 長い間芽を出さなかった種も、春雷によって条件が整って殻が割れて芽を出すのと同じように、慈雨によってほんの少しの善心が芽を出す。

[補足】
万劫とは、永い年月の意。
時雨とは、ほどよいときに降る雨

沐して、身体などを洗う


 14.  羝羊(ていよう)自性なきが故に善にうつり、愚童薫力の故に苦を厭(いと)う。  『秘密曼荼羅十住心論』

[現代語訳]
 第一異生羊心の段階の人も常に羊心のままということではなく、縁によって善心を起こして第二愚童持斎心の段階に移る。愚童持斎心の段階の人も、心の中の真如の力によって苦を嫌う気持ちが生じる。
[補足】
羝羊(ていよう)とは、欲望のまま生きている人。

異生羊心愚童持斎心について、弘法大師はその著書「秘密曼陀羅十住心論」の中で人間の心を次の10段階に分けて説いている。これを十住心論という。その第一段階が異生羊心、第二段階が愚童持斎心であるとしている。『十住心論』の内容を簡略に示したものが、秘蔵宝鑰」

  1. 異生羝羊心(いせいていようしん)・・・・・ 欲望、煩悩にまみれた心。.倫理以前の世界。
  2. 愚童持斎心( ぐどうじさいしん)・・・・・・・・道徳が芽生えた段階.。儒教の世界。
  3. 嬰童無畏心(ようどうむいしん)・・・・・・・・宗教心が目覚めた段階。インド哲学、老荘思想の世界。
  4. 唯蘊無我心( ゆいうんむがしん)・・・・・・己の無我を知る段階。声聞(小乗仏教)の世界。
  5. 抜業因種心( ばつごういんじゅうしん)・・・己の無知を除く段階。縁覚(小乗仏教)の世界。
  6. 他縁大乗心( たえんだいじょうしん)・・・・人の苦しみを救う(大乗仏教)の段階。法相宗の世界。
  7. 覚心不生心( かくしんふしょうしん)・・・・一切は空であるという段階。中観、三論宗(大乗仏教)の世界
  8. 一道無為心( いちどうむいしん)・・・・・・すべては真実であるという段階。天台宗(大乗仏教)の世界。
  9. 極無自性心( ごくむじしょうしん)・・・・・・・対立を超えるという段階。華厳宗(大乗仏教)の世界。
  10. 秘密荘厳心 (ひみつしょうごんしん)・・・・無限に展開する段階。真言密教(大乗仏教)の世界。



そのためにはどうすればよいのだろうか


 15  仏教はすでに存せり、弘行人に在り。  『秘密曼荼羅十住心論』

[現代語訳]
仏の教えはすでにある。これを弘め行うのは人による。


 16.  法は人によって弘まり、人は法を待って昇る。   秘蔵宝

[現代語訳]
仏の教えは人によって弘められ、人は仏の教えによって悟りを得ることが出来る。

 17.  道は自ら弘まらず、弘まること必ず人による。  『秘密曼荼羅教付法伝

[現代語訳]
 仏教の教えは、それだけで自然に弘まることはない。弘まるには必ず人の力に依らなければならない。


 18.  未だあらじ学ばずしてよく覚り、教に乖(そむ)いてもって自ら通ずるものは。  『三教指帰』

[現代語訳]
 いまだかって、学ばないで覚りを得たり、仏の教えに背いて覚りの境地に達したものは、いない。


 19.  迷悟われに在れば発心すればすなわち到る、明暗他にあらざれば信修すれあたちまちに証す。  『般若心経秘鍵』

[現代語訳]
 私たちは本来仏と同じであるのだから、迷っていたり覚ったりするのは私たちの問題である。だから悟りを求めようとする心を起こせば、覚りを得ることが出来る。煩悩がなくなったり、覆われていたりしているのは私たちの心の問題であるから一生懸命修行すればたちまちに悟ることが出来る。
[補足】
迷悟
とは、迷いと悟りの意。


 20.  悲しいかな悲しいかな三界の子、苦しいかな苦しいかな六道の客。善知識善誘の力、大導師大悲の功にあらざるよりは、何ぞよく流転の業輪を破って、常任の仏果に登らん。 『教王経開題』

[現代語訳]
 なんと悲しいことであろうかこの三界に輪廻している人達よ、なんと苦しいことであろうか六道に輪廻している人達よ。良き指導者の力、大導師の大悲の功徳に依らなければどうして輪廻の輪を抜け出して悟りの位に昇ることが出来ようか。
[補足】
三界(さんがい)とは、
六道とは、


  21. 機にあらず、時にあらざれば、聴聞し信受し流転することを得ず、必ずその時を得べし。 『真言付法伝』

[現代語訳]
 適切な機根(教えを聞いて)の者がいなければ、適切な時期でなければ、その教えを聴聞したり、信受したり、修行したり、弘めることは出来ない。
必ずそのような機根の人やそのような時期でなければならない。

[補足】

  22. 覚れるを諸仏と名づけ、迷えるを衆生と名づく。衆生(やまいだれがつきます。おろかの意)暗にして自ら覚るに由しなし、如来加持してその帰趣を示したもう。

『念持真言理観啓白文

[現代語訳]
適切な機根の者がいなければ、適切な時期でなければ、その教えを聴聞したり、信受したり、修行したり、弘めることは出来ない。必ずそのような機根の人やそのような時期でなければならない。
[補足】

  23.  加持とは如来の大悲と衆生の信心とを表す。仏日の影衆生の心水に現ずるを加といい、行者の心水よく仏日を感ずるを持と名づく。  『即身成仏義』

[現代語訳]
 加持とは仏の大いなる慈悲と衆生の信心ということである。仏の慈悲の光が、すべての人々を照らしているのを加という。そしてこの仏の光明を信ずる真言行者がそれを受け止めるのを持という。


  24. 春の種を下ろさずんば、秋の実いかんが獲ん。 『秘蔵宝

[現代語訳]
春に種をまかなければ、秋にどうしてその実を収穫できるだろうか。

 25.  虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願いも尽きん。  『続遍照発揮性霊集補闕抄』

[現代語訳]
この果てしない空がなくなり、衆生がだれもいなくなり、皆が覚りを得てこれ以上覚りを得るものがいなくならなければ、私の願いは尽きない。


 26.  虚しく往いて実ちて帰る。  『遍照発揮性霊集』

[現代語訳]
 人々は仏教についての知識もないままに恵果和尚のもとを訪れたけれども、密教の教えをしっかりと受け継いで帰る。

 5.  小欲の想い、はじめて生じ、知足の心やや発る。  『秘密曼荼羅十住心論』

[現代語訳]
欲望を抑える心が初めて生じ、少しのものに満足する心が次第に起こる。

【補足】


 8.  それ禿(かぶ)なる木、定んで禿なるにあらず。春に遇うときは、すなわち栄え華さく  『秘蔵宝

[現代語訳]
冬に葉を落としている樹は、そのままずっと芽吹かないのではない。春になれば、一斉に芽吹いて華を咲かせる。





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